セレニカ~グラントリ (UCI/2.HC)

最難関となるクイーンステージはブロークンランド

高級レストランのシェフがうちのおかんだった件(秒速5センチメートル@名古屋)

新海誠監督の舞台挨拶があることを知ったのは昨日でした。さっそく伏見ミリオン座に電話。「翌日以降のチケットも購入できるんですか?」「いえ,当日券のみです」「そうですかどうも(よかった今日は買いに行かなくて済む)」

劇場は9:30オープンなのですがそこまでの根性はなく,劇場に着いたのは10:30ごろ。この時点で1回目の舞台挨拶の回の整理券番号が120番ぐらいでした。そして買い物と昼食を終えて戻ってくると,あふれる人,人,人。劇場もこういう経験は初めてだったのか,ろくに整理ができておらず,入り口のカフェのお客さんたちは迷惑顔。整理券番号の読み上げも,当初女性が1人でやっていて,ちょっと離れるとまったく聞こえませんでした。途中からもう1人ヘルプに入ってなんとかなりましたが。

客層は予想に反してというかある意味しかたがないかというかあからさまにヲタ男子ばかり(自分含む)。どう見ても20代前半が中心というのもこれまた意外でした。中には大学に入ったばかりか下手するとまだ高校生みたいな男の子も。てっきり新海監督と同じくらいのオッサンがノスタルジーをかきたてられにやってくるのかと思っていたのですが。

本編の前に15秒くらいエヴァンゲリ「ヲ」ンの予告が流れ,劇場内でかすかな冷笑が。うう,僕も笑いたいけどあれはまさに青春だったからなー。微妙にいたたまれない。

舞台挨拶のあとにサイン会がありましたが,パンフレットは買わない主義なのと,監督に何を言っていいのかまったくまとまっていなかったので,逃げてきました。すいませんプロデューサーっぽい人(名前失念)。

以下ネタバレありです。


画面の美麗さとか,背景と小道具の見事な時代考証とか,舞台挨拶で監督が話していた仕上げについてとか,まあそういうのはおいときます。HD-DVDとか買って,死ぬまでに10回や20回は観るでしょうから。

Yahoo!で第一話を観て「へー鹿児島」と流していたのですがまさか種子島とは予想もしませんでした。カブで登校するシーンでは馬鹿正直に「…鹿児島ってこんなすごい田舎なの?」などと思ってしまい,そのうち学校のポスターや写真で「…まさか」となり,主人公のカブにNASDAと書いてあるのを見つけて「まじっすかー!」でした。いやもうこんなところでロケット打ち上げが見られるとは。煙が影を作っていたりとか超ファンタジーな光景ですけどきっとほんとなのでしょう。いつかサラリーマン辞めたら打ち上げ見に行こう。

さて,お話のほうですが。なんというか,こういうジャンルはなにを評価していいのかとっても困ります。僕は基本的に,フィクションで大げさに喜怒哀楽したくて映画を観にいくのですが,この映画はとてつもなくノンフィクションで,うれしい・かなしいという感情もあることにはあるのですがどちらかというとひたすら痛いのです。

とはいっても,とっても上手に作ってあるので,一見したところはまるでおとぎ話のように見えます。他の新海作品同様,村上春樹臭もぷんぷんします(そして村上作品はまぎれもなくおとぎ話であろうとしています。テーマはともかく)。それでもやはりこの作品の根っこの部分は「ありふれた日常を切り取ったもの」にしか思えません。村上作品のように主人公がなにかに巻き込まれたりすることもなければ,まっとうな大人になってから若い頃の不思議な体験に区切りをつける,といったようなこともありません。遠野貴樹は,なんだかよくわからないなにかをひたすら追い続け,まわりのものには目もくれず,あげくのはてに何を追っていたのかよくわからなかった,で話が終わってしまいます。そして,そんな人生は,たぶん誰にでもわかってもらえるほどではないにしろ,そこらじゅうにそれなりの割合であふれています。そういうものが映画になるというのはちょっと予想してませんでして。たとえると,それなりの値段のレストランに夕食を食べに行って,どのメニューもおいしい食材を使ってあって手が込んでるんだけどなんだか妙に馴染み深い味がして,まあでも最後に豪華なデザートでも食えばこの違和感も忘れられるかと思ったらなぜか干し芋が出てきておまけにシェフが挨拶にきたらうちのおかんだった,みたいな。

それにしても,やりたいことがはっきりしていてそれに向かってまっすぐ突き進んできたとしか思えない新海監督のやりたいことがこんなふうな映画を作ることだった,というのは驚きです。もしかしたら「やりたいことが見つからなくていらだっているのは君だけじゃないよ」とかいうメッセージがこめられているのかと一瞬邪推しましたがたぶんそんな意図はなく。ひたすらこういうやりきれなさを切り取ってみたかっただけなのではないかと。そうであってほしいようなほしくないような,とっても悩ましい作品でした。

追記:いくつかのサイトで述べられているように,この映画の評価は観た人のバックグラウンドに大きく依存する気がします。貴樹のように花苗を無視したりしない(「今日は駐輪場で会わなかったよね」云々はあきらかに「わかって」言ってますよね?),あるいは東京の彼女をちゃんと幸せにしてあげられる人にとっては,けっこう気分の悪い話なのでしょう(余談ですが東京の彼女から「君,月へ帰りなさい」というメールがくるんじゃないかとわくわくしてました。まあこないよな普通)。しかし貴樹のようにしか生きられない人にとってはこの一撃はけっこうがつんとくるのです。冗談じゃないくらいに。